海産物のお取り寄せ | 食品通販はトライデント・シーフード

トップページ»  トライデント・シーフードの歩み

トライデント・シーフードの歩み

トライデント・シーフードの歩み
トライデント・シーフードの歩み
トライデント・シーフードの歩み
「はじまりは一台のボートでした」

会長室に飾ってある全長135フィートの「ビリケン」号の版画を見ながら、トライデント・シーフード会長のチャック・バンドラントは振り返る。
「蟹を獲って、同じ船で蟹を加工したらどうかと考えたのです。 周りには『そんなのうまくいかないよ』と反対されましたが。」


1970年、後にパートナーとなるチャック・バンドラント、コーリ・ネス、マイク・ジェイコブソンはアラスカで蟹漁を行っていた。
70年代、蟹漁は非常に利益が出るビジネスであったが、彼らは未来を見つめていた。
獲った蟹を港に荷おろしするだけのビジネスに将来性はないと考えたのだ。
そこで3人は共同で「ビリケン」号を造った。この船には蟹用の調理器具と冷凍設備を備え、最終製品の製造までを行うことが可能であった。 こうして彼らはアラスカの漁業界に新風を吹き込んだ。漁師がシーフード・ビジネスを展開するようになったのだ。

1973年、トライデント・シーフードを創立。

3人の若者はアラスカの漁業資源に新たな道を開き、世界中で高まっていた高品質のシーフードの需要をとらえた。
1年後、ベリンハムの加工業者エド・ペリーと彼の会社サン・ワン・シーフーズが加わり、漁獲量・加工量ともに拡大し、幅広い製品を加工するようになった。
1984年、先見の明がある漁業者バート・イートンがメンバーとなる。
彼は新しい捕獲技術を開発し、自社船舶と契約漁業者を統括し漁獲体制の増強を可能にした。
当時は日本とヨーロッパのバイヤーが主な顧客であり、契約漁業者が捕獲したサケ、ニシン、貝類や、底魚などを原料としアラスカの工場で加工を行った製品を出荷していた。
現在トライデント・シーフードは、蟹および紅鮭の缶詰、冷凍のブリストル湾産紅鮭などにおいて、アラスカの水産業をリードしている。
カラフトマスの缶詰の製造においても国内トップ5に入る。

しかし初心を忘れていない。
バンドラントは「すべては漁師からはじまる。これは変わりません」と断言する。
これを物語るのはシアトル本社の壁や掲示板に掲げられた提携業者情報だ。
そこに貼られたたくさんの写真には、強みである船舶や、文字通り命をかけて新鮮な魚を届けてくれる漁業者たちの姿がある。
トライデント・シーフードはアラスカに7つの主要加工工場を持っている。
ケチカン工場では南東部産のカラフトマス缶詰加工、ノース・ナクネック工場、サウス・ナクネック工場ではブリストル湾の紅鮭の缶詰および冷凍加工を行っている。
アクタン工場、サンド・ポイント工場、コディアック工場、セント・ポール工場では、スケトウダラ、マダラ、ギンダラ、オヒョウ、カニなどの加工を行っている。
1999年にタイソン・シーフード・グループとの合併により、アラスカ州コディアック、オレゴン州ノースポートに底魚加工工場が加わった。
さらに、加工設備つきトロール船や漁船も加わり、底魚をフィレやブロックといった切り身や、すり身、魚卵に加工している。
トライデント・シーフードの歩み
トライデント・シーフードの歩み
トライデント・シーフードは漁業者を大切にする企業だ。

その深い思いは次のような言葉でつづられる。
「トライデントの漁業者らは独立した存在であり、彼らの存在なくして私たちのビジネスは成り得ない。
彼らはトライデントと行動を異にする外部の者ではなく、トライデントの一部であり、トライデントの事業の目的そのものである。」
そして「私たちの成長と発展は、互いを敬う気持ちと信頼、さらに各漁船の経済的な活力にかかっている」と締めくくられている。
この言葉を記したプレートが、バンドラントのオフィスはもとより、南はシアトルから北はアクタンまでの各生産施設に置かれている。
さらに、トライデント・シーフードとその契約漁業者は、地域の環境に配慮した漁業と加工生産に従事している。
海の恵みを糧として事業を維持していくためには、環境保全への取り組みが必然であることは、自らが誰よりもよく理解しているからだ。



Trident Seafoods本社オフィシャルサイトはこちら